2010年10月12日

卒業まであと少し(だったはずなのに)

昨年末に買ったWiiのスーパーマリオ、
引越でどこかにいっていたのを最近発掘しまして、
久しぶりに始めてみました。


いわゆる2Dのオーソドックスなマリオなんですが、
加齢のせいか難しく感じます。
ツルッと滑って落ちたり亀にアタックされたり、
始めて5秒でテレッテテレッテテ(ミスしたときの音楽)
とかザラです。

ゲームが難しくなったのかなぁ。
Wiiリモコンの操作が、古いファミコン世代の私の手には合わないのかなぁ。
うーん…小学生のころはもっとサクサク進めていたような。
(20年前と比べられても)

何回もミスりまくると、さすがにうんざり。
30分もせずにゲームをやめたことも。
昔は何時間もやり続けられたのに…
20才を越えた頃から「いい加減マリオ卒業しなよ」
とよく姉に言われたものですが、
私もやっと大人になったということなのでしょうか。
(30才で!?)

しかし、あの、マリオをやるときの高揚感が薄れていくようで悲しいです。
私は、もうマリオを楽しむことはできないんでしょうか…。



ところで、Wiiのスーパーマリオブラザーズでは、
同じ面で何回もミスすると「お手本プレイを見ますか?」と聞かれます。
YESを押すとルイージが出てきて、
こうやればうまくいくよ!というデモを見せてくれるのです。
なんという親切ゲーム!

しかし、最初はありがたく見ていたんですけど、
なんかだんだん腹が立ってきました。
デモを見せてもらって参考になるほど
私は高度なところでミスってるわけじゃないんですよ。
ジャンプボタンとダッシュボタン押し間違えたとか、
ジャンプのタイミングが遅いとか、
手が滑ったとか吊ったとかなんですよ。
ルイージのこれみよがしなスーパープレイがむかつきます。


更に、問題の本質はそこではありません。
仮にも兄であるマリオに対して、
弟のルイージが「お手本」。
私自身は二人兄弟の下であり、ルイージと同じ立場ではありますが、
これには異を唱えざるを得ません。
家制度を訴えたいとか長男至上主義とかではありませんが、
でも、それでもときに「兄を立てる」というのが必要なことはあるのではないでしょうか。
「手本」という言葉はあまりにキツい。

上の人というのは、普段そんなに兄ぶっていなくても、
知らずに盾になってくれていたりするんですよ。
例えば「世間」とかいうよくわからんものに対してとかね。
私がルイージでプレイしてたらルイージがミスりまくるんですよ。
それがマリオが兄だから自動的に私のプレイキャラクターになっているに過ぎないのです。

そんな構造的な「盾」的役割について、
感謝の念を持つどころか「お手本」ですよ。

「兄さん、僕がお手本見せてあげる」

そんな風に弟が肩に手を置いてきたら、
マリオはどうしたらいいのでしょうか。
「兄さん、手伝うよ」「僕にもいいところ見せさせて」
せめて、せめて婉曲な表現をしてくれたら。

「手本」と言い放たれたマリオは、
帽子を目深に被ってただ恥いるしかあるまい。

つまり「お手本プレイ」なんて、見られないんですよ。




だから私は「お手本プレイ」を見ないでプレイしています。
昔の私ならマリオの心情を思うことなく見ていたでしょう。
だけどもう私は10代じゃない。
己の態度でもってポリシーを見せるのだ!!



そんなマイルール縛りでさらに難易度を上げてプレイする私を見て
姉が一言、

「マリオ楽しみ過ぎだろ」
(あ、あれ?)
posted by ル ブルー at 14:04| Comment(0) | 日常茶飯事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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